ローカル写真日記2.0

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ナツボウ

Author:ナツボウ
島根県在住
カメラ、鉄道好き。(鳥も)
作品といえるものは無く、人生の記録として写真撮ってます。
最近始めた鳥の撮影、ちょっと楽しんでます。

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テーマがコロコロ変わるのですが、しばらくは幻の広浜鉄道今福線を題材にしていきます。
祝! 今福線シンポジウム!

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前回からの続きとなります。

今回は回天記念館の様子ですが、一応、有料の施設ですので館内の写真は一部とさせていただきます。


回天&大津島12

人間魚雷「回天」

太平洋戦争の末期、”天を回らし、戦局を逆転させる”という願いを込めて、人間魚雷「回天」は誕生した。
これは、魚雷に大量の爆薬を搭載し、隊員自らが操縦して敵艦に体当たりするという特攻兵器で、隊員の訓練基地が置かれたここ大津島には、全国から20歳前後の精鋭たちが集まり、毎日厳しい訓練を繰り返していた。
そして、窮地に立つ祖国を守るため、多くの若者がここから出撃していったのである。
今を生きる私たちは、人間魚雷「回天」の史実をここに記し、祖国と愛する者たちのために自らの命をかけた彼らの後世への想いを、永く語り継いでゆかなければならない。

回天記念館パンフレットより~


回天記念館

馬島港から徒歩10分、入館料/大人300円
開館時間/8:30~16:30、休館日/毎週水曜日及び年末年始


回天&大津島13

ここにも「回天」のレプリカがあります。
直径1メートルですが、操縦席の空間はかなり狭かった事と思いました。

操縦は非常に難しく、「6本の手と6つの目がいる」と当時の搭乗員は話したそうです。


回天&大津島14

前方部分に詰められた爆薬は、通常の魚雷の3倍に相当し、1機で敵艦1隻を沈められるとされましたが、
複雑な操縦のため、目標に到達することは十分な訓練を経ても容易ではなかったそうです。


回天&大津島15

「回天」による戦果は撃沈3隻。
終戦までに訓練を受けた回天搭乗員は1375人。戦没者数は106人。
そのうち出撃戦死が87名(うち発進戦死49名)他は訓練中の殉職や終戦後の自決。

何とも効率の悪い特攻兵器なのだろうか・・・
尊い命が無駄に奪われてるようにしか思えません。


回天&大津島17

映画「出口のない海」で使われた回天操縦席の模型です。
市川海老蔵さんの体格が大きく、中での演技が出来ないとの事で、実際よりも直径25センチ増しにしたそうです。
これなら狭い感じはしませんでした。


回天&大津島16

回天烈士の遺影が並びます。
全国から集まった搭乗員は17歳~28歳で、その多くは20歳前後でした。


回天&大津島18

1人1人に手を合わせたい気持ちで見ていましたが、そう長くは見ていられませんでした。
見ているだけで色々な事を考えさせられます。
どんな気持ちで出撃していったのか…?
死への恐怖は?残された家族や大切な人への想いは?


回天&大津島19

「回天」を搭載した潜水艦の模型です。
このように1隻の潜水艦に4~6基の人間魚雷が搭載されました。


回天&大津島20

記念館には「回天」の始まりから終戦後の終わりまで、その歴史がパネル展示されています。
ほとんどの物を撮影したのですが、中でもこの「発進」の場面、胸が痛くなります。

その他、直筆の遺書や手紙、遺品が多数展示されています。
楽しい思いはしませんが、「来て良かったな・・・」と思いながら記念館を後にしました。


次回続きます・・・







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