ローカル写真日記2.0

プロフィール

ナツボウ

Author:ナツボウ
島根県在住
カメラ、鉄道好き。(鳥も)
作品といえるものは無く、人生の記録として写真撮ってます。
最近始めた鳥の撮影、ちょっと楽しんでます。

◆最近のテーマ◆
テーマがコロコロ変わるのですが、しばらくは幻の広浜鉄道今福線を題材にしていきます。
祝! 今福線シンポジウム!

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あちゃ~ またまた嫌なものを見てしまいました。
蛇は大の苦手ですが、まだ幼蛇だったので頑張って撮影してみました。


蛇1

おや、またあまり見かけない模様です。
色々と調べてみましたが、幼蛇の場合はなかなか区別するのが難しいです。


蛇2

おそらく「アオダイショウ(青大将)」の幼蛇では?

青大将は日本最大の蛇で、大きくなると胴の直径が5センチほどになるとか・・・
これが大きくなるの? それでウロウロされたら堪ったもんじゃありません。
ただの蛇嫌いの戯言です・・・
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今年の夏も結構な数の蛇を目撃しました。

私、大の蛇嫌いなんです。

だから夏場の山歩きや草むらに入るのは躊躇してしまいます。

先日、また蛇を発見!

いつものシマヘビかと思いきや、なんだか黒いぞ!

ヤマカガシ1

ニュロニョロしているところを良く観察してみると、こっこっこいつは!
毒蛇の「ヤマカガシ」ではないか!
同じ毒蛇でも「マムシ」はメジャーな存在だが、「ヤマカガシ」を見るのは初めてで・・・
しかし、何時出くわしても良いように特徴だけはしっかり覚えていました。


ヤマカガシ2

特徴は黒っぽい胴体に赤、黒、黄色の斑紋。
赤が入っている時点で自然界では警戒色の意味で、危ない生物が多いですね。
意外と大人しいようで攻撃的でもあるらしく、噛まれると血液中の血小板が分解されて全身の出血が止まらなくなるとか・・・おお怖い。
ちなみに毒の強さは「マムシ」の3倍だそうです。

山奥で生息するのかと思いましたが、平野部の田んぼや河川に生息しますのでくれぐれもお気をつけくださいね。

梅雨に入ったことで写真を撮る機会が失われそうです。
今日は天気も悪く、貨物撮影は中止、地元の周布川へ調査がてら足を運んでみました。

何の調査かといえば、
「カワセミ」が生息しているか? 出現場所、餌場など・・・
コレだけの事を調べるだけでも短時間では無理なので、じっくりゆっくりと調査して廻りました。

それともう1つ、最近話題の特定外来生物「ヌートリア」の撮影。
特に島根県では「ヌートリア」の被害は多く、殆んどの川で目撃されています。
周布川での出没はまだ聞いたことが無かったのですが、多分居るだろうと推測して探しました。
そして・・・


ヌートリア1

早速「ヌートリア」GET!
実はこの写真、発見して3匹目のものです。
それも同じ場所で2時間くらいの間に3匹確認出来ました。
広い川ですが、見つけるコツなんかも掴めましたし、巣穴があるのではないかと思わせられるポイントも確認出来、
思わぬ収穫となりました。


ヌートリア2

写真の「ヌートリア」は体長50~60センチ位の大きさでした。
水生植物が主食のようですから、食べても肉は臭くないそうです。
って、巨大ネズミって聞いたら食べる気は起こさないと思いますが、外国では美味しくて絶滅しかけてるそうです(笑)
「ヌートリア」の毛皮は高級品だそうで、肉も美味となれば利用価値もありそうですね。
ただ、日本人の固定観念が変わらなければ単に駆除の対象となるだけです。


それと、目的の「カワセミ」も見つけました。
餌場らしき場所もわかりましたが、写真を撮るには対岸なので距離がありすぎです。
500mmで撮っても米粒大にしか写らないだろうな・・・
止まり木でも立ててみますか?





最終回です。

記念館と訓練基地をしっかりと目に焼き付ける事が出来たので、大津島とお別れします。
じっくりと見て回ったので、予定していた帰りのフェリーに間に合わず次のフェリーを待ちます。


回天&大津島34

次のフェリーまで2時間弱、とりあえず待合所まで行き、周辺でまったり過ごすことにしました。


回天&大津島36

といっても何もないので海を覗いたり・・・
「アメフラシ」


回天&大津島37

「アカクラゲ」


回天&大津島38

草花を撮ってみたりして・・・
時間を潰します。


回天&大津島38

休憩所「養浩館」に貼ってあった懐かしのポスター。
国鉄の旅行誘致キャンペーン「いい日旅立ち」のもので、色褪せしてますがお宝品かもしれません。
昭和55年となってますから、「やまぐち号」が運転を始めた翌年になるかと思います。

このポスターの写真(訓練基地)を見ると現在とは違って、人が歩いてる部分に手すりが付いてませんね。
気を付けないと海に落ちてしまいそうです。


回天&大津島39

最後にもう一度、「回天」を振り返ります。

記念館にある回天の碑。
定例で追悼式が執り行われています。


回天&大津島40

魚雷発射訓練基地
もう来ることは無いと思って、しっかりと目に焼き付けました。
写真も沢山撮りました。

でもこうやって残されている限りまた足を運ぶかもしれません。

この記事を見て、何かを感じたならばぜひ行ってみてください。
無駄と思えることは無いはずです・・・


回天&大津島35

帰りは高速船でした。
途中、2ヶ所の港に立ち寄りながら徳山港へ。


回天&大津島41

遠ざかっていく大津島。

平和な時代に生きてきた者としては理解し難い事実です。
少子過疎高齢化が進んでいる大津島ですが、いつまでもこの大切な歴史を守って欲しいです。

いつまでも平和が続きますように・・・
そして、過去の悲しみを忘れないように・・・


おわり・・・









前回からの続きです。
記念館を後にして、次は人間魚雷訓練基地に行ってみました。
ここに足を運ぶのが今回最大のテーマでした。


回天&大津島21

訓練基地までは長いトンネルをくぐって行きます。
調整工場から魚雷を運ぶために作られたトンネルで、搭乗員もこのトンネルを歩いて基地まで行ったそうです。


回天&大津島22

結構長いトンネルです。
足元には当時、魚雷をトロッコに載せて運んだと見られる軌道跡があります。


回天&大津島23

途中で軌道は複線となり、ここで空のトロッコと行き違いをしてたのでしょう。
列車と同じですね。
ちょうど広くなったこの場所にパネル写真が展示してあります。
人を感知するセンサーによって自動ガイドの解説が流れます。


回天&大津島24

当時の写真が飾られます。
このパネルの説明欄には搭乗員の言葉が記されていました。

お父さん
お父さんの髭は痛かったです。
お母さん
情けは人の為ならず
和ちゃん
海は私です

これは故海軍少尉 上西徳英君(当時18歳)の遺書の一部です。
映画にも使われていました。


回天&大津島25

トンネルを抜けると・・・


回天&大津島26

そこには訓練基地が・・・
説明は↓


回天&大津島29



回天&大津島27

まさしくこれは戦争遺跡です。


回天&大津島28

とにかく見てください。


回天&大津島32

「回天」を吊るしたクレーン跡


回天&大津島30

そして、想像してみてください。


回天&大津島31

魚雷発射口


回天&大津島33

冷静ではいられなくなります・・・


次回、最終回、あと1回続きます。









前回からの続きとなります。

今回は回天記念館の様子ですが、一応、有料の施設ですので館内の写真は一部とさせていただきます。


回天&大津島12

人間魚雷「回天」

太平洋戦争の末期、”天を回らし、戦局を逆転させる”という願いを込めて、人間魚雷「回天」は誕生した。
これは、魚雷に大量の爆薬を搭載し、隊員自らが操縦して敵艦に体当たりするという特攻兵器で、隊員の訓練基地が置かれたここ大津島には、全国から20歳前後の精鋭たちが集まり、毎日厳しい訓練を繰り返していた。
そして、窮地に立つ祖国を守るため、多くの若者がここから出撃していったのである。
今を生きる私たちは、人間魚雷「回天」の史実をここに記し、祖国と愛する者たちのために自らの命をかけた彼らの後世への想いを、永く語り継いでゆかなければならない。

回天記念館パンフレットより~


回天記念館

馬島港から徒歩10分、入館料/大人300円
開館時間/8:30~16:30、休館日/毎週水曜日及び年末年始


回天&大津島13

ここにも「回天」のレプリカがあります。
直径1メートルですが、操縦席の空間はかなり狭かった事と思いました。

操縦は非常に難しく、「6本の手と6つの目がいる」と当時の搭乗員は話したそうです。


回天&大津島14

前方部分に詰められた爆薬は、通常の魚雷の3倍に相当し、1機で敵艦1隻を沈められるとされましたが、
複雑な操縦のため、目標に到達することは十分な訓練を経ても容易ではなかったそうです。


回天&大津島15

「回天」による戦果は撃沈3隻。
終戦までに訓練を受けた回天搭乗員は1375人。戦没者数は106人。
そのうち出撃戦死が87名(うち発進戦死49名)他は訓練中の殉職や終戦後の自決。

何とも効率の悪い特攻兵器なのだろうか・・・
尊い命が無駄に奪われてるようにしか思えません。


回天&大津島17

映画「出口のない海」で使われた回天操縦席の模型です。
市川海老蔵さんの体格が大きく、中での演技が出来ないとの事で、実際よりも直径25センチ増しにしたそうです。
これなら狭い感じはしませんでした。


回天&大津島16

回天烈士の遺影が並びます。
全国から集まった搭乗員は17歳~28歳で、その多くは20歳前後でした。


回天&大津島18

1人1人に手を合わせたい気持ちで見ていましたが、そう長くは見ていられませんでした。
見ているだけで色々な事を考えさせられます。
どんな気持ちで出撃していったのか…?
死への恐怖は?残された家族や大切な人への想いは?


回天&大津島19

「回天」を搭載した潜水艦の模型です。
このように1隻の潜水艦に4~6基の人間魚雷が搭載されました。


回天&大津島20

記念館には「回天」の始まりから終戦後の終わりまで、その歴史がパネル展示されています。
ほとんどの物を撮影したのですが、中でもこの「発進」の場面、胸が痛くなります。

その他、直筆の遺書や手紙、遺品が多数展示されています。
楽しい思いはしませんが、「来て良かったな・・・」と思いながら記念館を後にしました。


次回続きます・・・







前回の続きです。
徳山港からフェリーで44分ほど、島の南端の馬島港に着きました。



回天&大津島6

島に着くとまず大きな看板が目に飛び込んできます。
人口400人程度、65歳以上の高齢化率が70%、少子過疎高齢化の進んだ限界集落だそうです。

辺りを見回すと・・・ 特に何もない。
GW中ということもあり、多少の観光客と釣り人(意外と多い)が目に付きましたが、普段はひっそりとしているのでしょう。


回天&大津島7

少し歩いてみると「大津島漁師食堂」となるものがありましたが営業はしておらず・・・
食料確保の上で島に渡られることをお勧めします。

丁度、案内板も出ていましたので、まずは回天記念館へと行ってみることにしました。


回天&大津島11

道中、小学校の敷地内に当時のものと思われるもの発見!
これは点火試験場跡で火薬の調製などが行われたそうです。
当時の姿がそのまま残っています。


回天&大津島8

そしてその向こうに見えたものは、危険物貯蔵庫跡。
当時はここに魚雷の調整工場、兵舎、工員宿舎などがありました。
現在は小学校の敷地ですが、当時のままの施設が点在しています。


回天&大津島9

地獄の石段(階段)
この石段は、訓練にも活用され、当時「地獄の石段(階段)」と言われていたそうです。

そういえば、この辺りには他に階段が見当たらなかったように思えます。
唯一の階段だったのでしょうね。


回天&大津島10

回天記念館に到着しました。
入り口までのエントランスには、亡くなられた搭乗員の名前の墓碑がずらりと並んでいます。

回天記念館には搭乗員の遺書、軍服、写真、模型など約1,000点を展示。


館内では目頭が熱くなる思いで、あらゆるものを撮影させていただきました。

次回に続きます。







5月5日、急遽予定して出掛けてまいりました。
行き先は山口県周南市、徳山港沖合い10数kmに浮かぶ大津島。

この島には表題のとおり、人間魚雷「回天」の訓練基地が戦争遺産として今も残されています。


人間魚雷「回天」とは・・・

太平洋戦争末期の旧日本海軍が「人間魚雷」として開発した日本初の特攻兵器です。
特攻兵器には水中、水上、空中と戦死を前提とする体当たり、自爆といった戦法のため開発された様々な兵器がありますが、この「回天」は九三式三型魚雷(酸素魚雷)を改造し、人間が乗り込んで操縦できるようにした人間魚雷です。
使用によって死を伴う兵器で生還手段が残されていません。



何とも悲しい兵器ではありませんか・・・

これは何としても自分の目で見て記録に残さなければ・・・

と言うことで、数回に分けてその様子をお伝えいたします。



回天&大津島1

早朝にやって来た徳山港です。
まず目に入るのは「回天」のレプリカ。
全長14.7m、直径1mと、とても目を引きます。


回天&大津島2

看板には、
この人間魚雷「回天」は、平成18年9月に公開された映画「出口のない海」の撮影で使用された実物大の模型で、周南市内で制作されたものです。
回天烈士の国難に殉じていった若者達の崇高な精神や人命の尊さ、そして平和の大切さを多くの方々に知っていただき後世に伝承するため、「回天レプリカ等保存協議会」が周南市の玄関口徳山駅から臨むことができ、大津島へ向かうフェリー乗り場の導線上に展示したものです。
以下省略~


回天&大津島3

そうなんです。
実際に足を運んでみようと思わさせられたのがこの映画、「出口のない海」

太平洋戦争末期、海の特攻兵器と呼ばれた人間魚雷“回天”に乗り込んだ若者たちの姿を通し、生きることの意味を問いかける戦争ドラマ。原作と監督は『半落ち』の横山秀夫と佐々部清、脚本は名匠、山田洋次と『うなぎ』の冨川元文という、日本映画界を担う一流スタッフが結集した。主演は、映画初出演となる歌舞伎俳優の市川海老蔵。共演に伊勢谷友介、上野樹里、塩谷瞬など期待の若手俳優ら豪華キャストがそろった。何のために生き、何のために死ぬのかを問いつづけた若者たちの姿が痛切。
~YAHOO映画より転載~


回天&大津島4

フェリー乗り場には映画のロケ写真が多数飾られてます。
ロケは山口県各地で行われてますので、映画を観た後のロケ地巡りも楽しそうです。


回天&大津島5

昔から山口県の観光ガイドに回天訓練基地は出ていました。
まさかフェリーに乗らねば行けない所だとも知らずに、いつかは行きたいと思っていました。
いよいよ大津島へ向けて出航です。
片道690円、所要44分。

次回に続きます・・・


500mmレンズを購入後、ろくに撮影も出来てませんでしたので、お盆中にテスト撮影です。
なかなか鉄道撮りには難しいのですが、使い方によっては面白いな~と思えました。

で、何を撮ったかと申しますと・・・ 
港町ゆえにトンビ(鳶)がウロウロとしてまして、動態物のテスト撮影には最適かと・・・(笑)

まあ、何枚撮ったことでしょう。
始めてみると面白くて止められなくなってしまいました。

鳶1
SONY α700+500/F8 Reflex

こんな背景が単調な写真は面白くないでしょう?
それでは・・・空中の旅をお楽しみください。

続きはこちら⇒ 【続きを見る】
ロシアの大型帆船「NADEZHDA(ナジェジュダ)号」が入港しました。
昨日は一般公開でしたが仕事で行けず、本日、停泊している所を記念に撮影しました。

帆船1


帆船2
すべてSONY α700+DT 18-250/F3.5-6.3

近くまで行くことはできませんでしたが、何とか良い感じに撮影できたと思います。
鉄道写真よりも難しいかも・・・




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